360° days

会社員卒業、フリーランス準備中の母。 思ったことや経験したことが少しでも「誰かの役に立つ」そんな 自分の360°を価値あるものに変える働き方を目指して

【読書】「限りある時間の使い方」の感想と今はありたい姿の途中経過だという幻想を手放す



去年本屋で何気なく手に取りページを繰っていたら、ある一文に衝撃を受けました。

アメリカの文化人類学者エドワード・T・ホールはかつて、現代社会の生活をベルトコンベアにたとえた。古い仕事を片付ければ、同じ速さで新しい仕事が運ばれてくる。「より生産的に」行動すると、ベルトの速度がどんどん上がる。あるいは加速しすぎて、壊れてしまう。(p.8)

これを読んだ瞬間、ここ数年感じていた慌ただしさや生産性向上・時短ツールやアイテム・タイムマネジメント術に対する違和感に対する答えを見たように感じました。

そして本の帯の「生産性とは、罠なのだ。」のインパクトの大きさ・・・

 

その時は「今はやることが多いから落ち着いてから購入して読もう」と購入を見送り。

 

今年購入、読み終えましたが、上記の購入を先送りにした理由こそが私が見つめ直さなくてはいけないところだと気付かされるのでした。

かなり長文になりましたが、自分の感じたことを整理する為に書いてみたかったのでとりとめもなく綴ります。

 

生産性を上げれば上げるほど大切なことが遠ざかる

 

「時間を思い通りにコントロールしようとすればするほど、時間のコントロールが効かなくなる」という真実だ。手に負えない幼児と同じで、抑えつけてもだめなのだ。(p.9)

生産性を高めようとするたびに、違和感は増していく。本当に大事なことが、なぜかどんどん遠ざかってしまう。(p.12)

そう、いくら生産性を上げて自由に使える時間が増えたような感覚に陥ってもどんどん雑多な仕事は尽きない。心が充実感を感じる過ごし方をしていないとやることリストに飲み込まれてしまうんです。幼児の例は本当にわかりすぎて刺さる。

 

人生は4000週間しかないという事実に向き合う

時間の有限性をまず自覚すること。

本書で繰り返し説かれているフレーズ、すべてはここから始まります。

"時間をコントロールしよう、生産性を上げて自分のやりたいことをやろう"という巷に溢れているタイムマネジメント術と毛色が異なります。

 

どんなに効率的にやっても、忙しさは終わらない。その事実を理解していれば、いつか平穏な日々がやってくるのではないかという非現実的な期待を持たなくてすむ。

大事なのは有限性を自覚、生産性の罠を理解し、いつか完璧な人生を生きられるという幻想を捨ててしまうこと。と繰り返し主張されています。

「底なしのバケットリスト」という見出しにドキッとする

以前映画「最高の人生の見つけ方」でバケットリスト(死ぬまでにしたいことリスト)を埋めていく年配男性が、リストを埋めていく中で最後は自分の内面や家族との関係を見つめ直していくシーンがありました。

 

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人は世界中のありったけの体験を味わい、人生を「生ききった」と感じたいと願う。ところが世界が提供してくれる体験の数は実質的に無限なので、どんなに頑張っても、人生の可能性を味わいつくしたという感覚を得ることはできない。むしろ、効率化の罠にどんどんハマってしまうのがオチだ。 (p.59)

人生でやりたいことリストは無限で増える一方で、絶えず流れてくるSNSの刺激から「あれも経験したい」「これも経験したい」とリストがどんどん長くなっていく。

これは誰しも経験があるのではないでしょうか?

刺激される必要もない欲求が様々な投稿や広告でつつかれていく。

 

制約のパラドックスから解放される

本書で底なしのバケットリスト同様、耳が痛いと感じた一節はこちら

急げば急ぐほど、時間のかかる仕事(あるいは幼児の世話)にイライラする。計画を完璧にこなそうとすればするほど、小さな不確定要素への恐怖が高まる。時間を自分の自由に使おうとすればするほど、人生は孤独になっていく。

 

私自身子どもが生まれてから、"子育ては時間のかかるものなのだ。全く別の生き物・感情がある生き物を育てているんだ。"ということを何度も何度も思い知らされました。

8年以上も子どもを育てているのに、未だにその事実を時に忘れそうになり、スケジュールが大きく乱れることに心乱されることがまだあります・・・コンフェッション。

 

時間はコントロールできないし、増やせない。

その事実から目を背けて時間をコントロールしようと思うと、時間のなさにストレスを感じることになることが"制約のパラドックス"というものである。

限界を受け入れる、制約を味方につける。

現実を直視することは、ほかの何よりも効果的な時間管理術だ。(P.42)

 

現実は注意力でつくられる

上記は第5章の見出しのフレーズです。

一瞬意味が分からず立ち止まりましたが読み進めていくと、なるほどと腑に落ちます。

時間と同じだけ「限りある資源」として注意力が挙げられ、その注意力をいかに人生で大事なことに使えたか?で現実がつくられる

ということだと理解できます。

注意力は生きることそのもの。他の大事でないものに注意をそらされることなく重要なものに注意力をいかに注ぐことが出来たかによってその人の現実が形づくられる。という考え方はしたことがなく、非常に興味深いなと感じました。

 

さらに同じ第5章で初めてのワード「アテンション・エコノミー」に遭遇。

人のアテンション(注意・集中)に値段がつけられ、コンテンツ提供者がそれを奪い合い、集中力を奪い興味のないコンテンツに無理矢理注意を引きつける。

「自分の欲しいものを欲しがる能力」を壊してしまうのだ。

自分が本当に何が好きか、何が欲しいか分からなくてネット広告のなんとなく便利でかわいいものをクリックしてしまう現象。

雑多な広告類が自分の欲しいものを欲しがる能力を低下させられていると思うと正直怖い。

 

人生の限られた時間は、気づかないうちに巧妙に盗まれつづけている。(p.121)

児童書「モモ」の時間どろぼうを彷彿とさせる一文。

人の心のなかには、SNSに限らず、気をまぎらせてくれる何かを求める傾向があるようだ(p.122))

つまりは私たちは目の前試練や苦痛から逃れるために、気をまぎらせてくれる何かを探してしまうということ。

やりたいことをやりたくないのはなぜ?



さっきまで本当にやりたいことだと思っていて、準備もしていて、将来の為に進めるぞなんて思っていたのにいざやりはじめようとするとスマホのSNSを開いてしまうという現象。

第6章に記載されているこの矛盾は私もよく感じます。

こうやって書くとなんてずぼらなんだろうと自分でも笑ってしまいますが、本当に度々この現象が現れてしまうんです。

本書ではその現象のクエスチョンに対して、このようにアンサーが提示されています。

この不可解な現象の答えは、何を隠そう、僕たちの有限性にある。僕たちが気晴らしに屈するのは、自分の有限性に直面するのを避けるためだ。つまり、時間が限られているという現実や、限られた時間をコントロールできないという不安を、できるだけ見ないようにしているのだ。(P.128)

なるほど、ここでも有限性に直視するのを避ける為の行動なんですね。

時間の有限性に対する抵抗という点もありますが、私は自分の能力の有限性に直面するのが怖いという気持ちもあると思っています。

 

特によく分からない事を進める時、やったことがないことに挑戦する時。

進んでいる方向性が分からなくて途方に暮れる時。

自分の能力が目標に対して理想レベルに程遠いという事実を見るのが怖いんですよね。

 

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2年程に「仕事は楽しいかね?」とオリラジ中田さんのYoutubeの半生を観た時に感じたことを思い出しました。その時私自身こんな風に感想を述べていました。

「もし宇宙が信じられないような素晴らしいアイデアをくれるとして、きみはそれにふさわしいかね?」 (仕事は楽しいかね?より引用)

このフレーズ、どきっとしませんか?

日々少しずつ行動する。鍛錬し、筋力をつける。そしていざというチャンスが訪れた時に持ちうるすべての力を注いで波に乗る。

きみはそれが出来ているかい?と投げかけられている。同じところをもがいて指をくわえている自分を見透かされているような気持ちになりました。

(”オリラジ中田さんのYouTube大学総集編と「仕事は楽しいかね?」を見て考えたこと”のブログより引用)

こんな未来でありたい、こんな自分でありたいと未来を思い描く力はついているけど、今に集中してチャンスにのれるような行動を起こせているか?ということなんですよね。大事なことは"今に集中すること"

 

人生には「今」しか存在しない

第8章はこんな見出しでスタートします。

そろそろ本書で繰り返される時間の有限性を受け入れる事、そしてふわふわした理想的な未来・幻想を抱かない事の重要性が読み進めていくうちに浸透してきましたよ!笑

 

そこに強烈なカウンターパンチ

「いつか何かをしたら」というマインドの人は、まだ大事なことが達成されていないせいで現在の自分がみたされないのだと考える。問題が解決しさえすれば、人生は思い通りに動きだし、時間に追われることなくゆっくり生きられると思っている。(p.150)

なんだか分かりすぎて耳というか鼓膜が痛い。

 

子育ての2派を例に挙げて説明が続きます。規則的なスケジュールが将来の家族に安定をもらたすとする「しつけ派」とスケジュールを押しつけず子どもの健康な発達という目的をちらつかせている「自然な子育て派」

そのどちらもが将来の結果のために日々を過ごしているのでは?と疑問を投げかけています。

 

つまり将来この子がよりよく暮らせるようにという目的の為に、今この瞬間の赤ちゃんと過ごす時間を犠牲にしていないか?ということでした。

私自身初めての子育てで子供が寝るのが非常に苦手なタイプで、何度も寝かしつけの本を読んでは実践して疲弊していたのを思い出します。

なんとか規則正しい生活リズムにすることが母子ともに望ましいと考えていました。

というか24時間ずっと不眠状態で限界で藁にもすがる思いでその瞬間を楽しむ余裕なんて全くなかったのが正直なところ・・・。

 

話がそれましたが二度と戻らない今に集中すること。

瞑想の考えにも一致しますが、ここに意識を集中させることの重要性が説かれています。

余暇を楽しみ、時間を人とシェアする

TODOリストに追われる余暇や仕事に打ち込む為のリフレッシュという目的で余暇を過ごすのではなく、純粋に好きなことをやる。

それが仕事の評価や名声に繋がることではなく、人にいうのがちょっと恥ずかしいという位のものがいいと第9章に記載されています。

 

 

そして場所や時間に縛られない働き方を体現している人も最近はかなり目にすることが多くなりました。何を隠そう私自身もそんな生き方に憧れていますが、結婚し家族がいる為手放しで世界中を飛びまわるということは現実的には少し難しい。

本書の言葉に少し勇気づけられる。

時間は自分のものになりすぎないくらいが、実はちょうどいいかもしれないのだ。(p.232)

人は大事な人と時間を共有することで充実感を感じる。

水やお金はシェアしたらなくなるけど、時間は人とシェアしてもなくならないということだ。むしろそうすることで人生が豊かになってくるという。

大事な人との時間を過ごすことは制約なのではなく、生きる意味そのものになる。

 

あなたは「本当の人生を生きている」?

第14章の見出しの「終わらない準備期間」にまたドキッとしてしまいます。

"本当の俺はまだこんなもんじゃねぇ"と口元から流れる血をふきながら言うセリフに近いものがある気が・・・。

 

何かを始めるときや飛び込むときに「〇〇を勉強してから」「これを調べてから」といって飛び込まないことは往々にしてありますよね。

身につけてから実装に備えよう!ととりあえず飛び込もう!の差が極端な私自身でさえその気持ちが痛いほどわかります。

時間は本来的に不確実なのだから、そこに安心や確実さを求めようとあがくなら、人生はすべて本番前の準備段階になってしまう。(p.250)

 

一番印象に残ったフレーズ

そして今回この本を読んで一番印象に残ったのはこちら。

有限性に直面するのを避ける方法として、もうひとつありがちなのが、現在の生活を「いつかそうなるべき自分」への途中経過と捉える態度だ。今が人生本番であるという気まずい真実から目をそらし、親や世の中の期待に応えられる自分になるまでは、準備段階のつもりでいるのだ。

いつか正しい自分になれたら、そのときこそ人生はもっと安心で確実なものになるだろう。(p.258)

 

アラフォーのこの歳になってだいぶ手放すようになってきた「こうあるべき」という考え方。子育てや仕事を通して他人と関わる中でこの考えを手放すこと、相手と自分の線引きをすることでだいぶ楽になってきました。

 

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それでもまだこのフレーズにずしんと胸を突かれるのは、完全に手放せていない部分があるからだと感じます。

今は理想的な未来の途中経過ではなく、この瞬間が人生本番。

 

ありたい働き方やなりたい姿に必要なスキルを身につける為にスクールに2つ通っていた昨年。もちろん目標を掲げることは大事ですが、そこに幻想を抱いたり、ゴールと捉えてそれ以外の時間をないがしろにしないようにしよう。

と自戒の念も込めて。

 

色々なものに追われていたこの数年間。

自分自身のキャパに反してちょっとベルトコンベアのスピードを上げすぎていた気がします。

少しずつ荷を下ろして、自分と家族が純粋に楽しいと感じられる日々を噛みしめたい。

 

 

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